きっかけ

会社依存から脱却しようと考えたきっかけ

2021年7月4日

こんにちは!ひでです。
自己紹介ページに簡単に書きましたが、私が会社依存から脱却しようと考えたきっかけについて、詳しく書きたいと思います。

会社の早期退職募集開始

よく新聞やニュースなどでも取り上げられるので皆さまもよく目にするキーワードだと思いますが、私が勤めている会社でもある日早期退職の募集が始まりました。
対象年齢45歳以上・勤続年数10年以上・募集人数100名などの条件が開示され、条件に当てはまる人で手を上げた人には割増退職金が支払われて会社都合で退職できるというよくある施策です。

私自身は深くは考えずに早期退職には応募しませんでした。理由は下記2点です。

・早期退職募集は会社に貢献していない社員を対象とするものだと考えていたこと
・会社から自分に与えられたミッションにやりがいを持って取り組んでいたこと

自宅に帰って妻にも一応相談しましたが、妻は

子供二人の学費でまだまだお金がかかるし、住宅ローンもまだ残っているし、再就職して今の給料が維持できると思えないし、あり得ないでしょ!

という思ったとおりの反応でした。

社内で私と同じく対象となった同僚と情報交換すると反応はさまざまでした。

平素から資産運用している同僚Aは、

同僚A
もう十分暮らせるお金もあるし、会社が退職金をこんなに上乗せしてくれるなら話に乗るわ!

私と同じような家族構成の同僚Bは、

同僚B
子供にお金もかかるし、何があっても会社にしがみつこうと思ってる

この時感じたのは、みんな大きな判断の軸になっているのはお金なんだなと、そういえば自分は今までお金のことなんて真面目に考えたことなかったなということでした。
「一所懸命仕事をしてさえいれば給料で家族は養えるし、退職金で老後も安泰だろう」という、今から考えると相当昭和な考え方しかしていなかった自分に気づかされました。

早期退職募集のカラクリ

同僚と情報交換をしながら会社が定めた応募期間に入り、人事部から「一応個別に意志確認をさせていただく」という名目で個別面談も始まりました。
ここで、ある事実に気づきました。
私が個別に面談したときは応募の意志がないことを伝えただけであっという間に終わりましたが、普段からあまり人事評価の高くない同僚は退職の意思がないことを伝えても何度も面談をして意思確認をされ、ここには書けませんが退職勧奨とも取れる言葉も言われたとのことです。
表面上は「対象者から応募」という手を上げた人に対する施策ですが、裏ではターゲットとなる人はあらかじめ定めているのだなと何とも言い表せない恐怖を感じました。

応募しなかった対象者の顛末

そうこうしている間に時は流れ、応募者の一斉退職時期である年度末を迎えました。
例年の定期人事異動に伴う業務引継に加えて早期退職応募者の業務引継もありいつも以上に慌しい年度末でしたが、面談時に感じた恐怖の続きがありました。

前述のあまり人事評価の高くない同僚は、定期人事異動で地方の支店に転勤になりました。
この同僚は私と同様に中途採用で入社して本社での経験しかありませんでしたが、50歳を過ぎてから初めての営業職です。
もちろん自分たちは私を含めていわゆる総合職なので海外を含む転勤の可能性は常にあるのですが、それにしても50歳を過ぎた本社経験しかない社員を営業現場に異動させるのはどうなのでしょう。
営業現場は豊かなコミュニケーション能力に加えて幅広い自社の商品知識、業務関連の法律知識、個人顧客・法人顧客に対応するための幅広い税務知識など本社で要求されるスキルとは異なる高度なスキルが要求されます。
正直本社経験が数十年あっても、営業現場に出れば新人とまではいきませんがそれに近い状態で、適材適所には程遠い状況になるのは火を見るより明らかです。
この同僚だけなら何か事情があったのかと思うのですが、他にも何名かの人事評価の高くない同僚が支店へ異動していきました。

同僚の異動にショックを受けていた中で、もうひとつショックなことがありました。
自分自身です。

私の仕事はチャレンジングなミッションが多く、毎年目標を完全に達成できることはなく、いくつか未達成のタスクは残ってしまうのが宿命です。
いくつか未達成タスクがあっても難易度の高いタスクが多いため、これを踏まえて毎年比較的高い人事評価をいただいていたのですがこの年は違いました。

上司
タスクが達成できていないのは仕事の進め方に問題があったからではないのか?
申し訳ないが今年は評価を下げさせてもらう

評価が下がると年俸制の年俸が数%下がります。
支店へ異動になって単身赴任を始めざるをえない同僚に比べれば影響は微々たるものなのですが、それでも手取りで数十万円はマイナスになります。
この時点では個人的には年俸ダウンよりも、私生活を犠牲にしてまで頑張ってきた仕事内容が評価されなかったことのほうがショックでした。

頭を冷やして考えて達した結論

この時点ではショックなだけでしたが、私も管理職の端くれとして会社事情はある程度理解はしていますので頭を冷やして色々と考えてみました。

会社の会計年度の1年間に使える予算は会社によるかもしれませんが取締役会などで決議される事項であり、人件費もその中の費目のひとつです。
予算は費目ごとに年度予算として確保され、原則その予算を超えないように執行されます。
そのため仮に社員全員が仕事を頑張ったとしても昇格基準を満たした社員を全員昇格させることはできず、人事評価においても全員に良い評価を付けることはできないため、今年度は誰を昇格させるか、人事評価で誰に良い評価を付けて年俸をアップし、誰に悪い評価をつけて年俸を下げるかを検討せざるを得ません。
今回は(たまたまか意図的かは分かりませんが)自分がジョーカーを引きましたが、誰もが仕事を頑張ってもジョーカーを引く可能性が常にある制度なのです。

こういう原理原則は今までは頭では分かっていても、自分自身は幸い頑張った結果良い評価を受け続けてきたので「頑張っても報われない」という不都合な現実は対岸の火事という意識でした。
管理職として部下に対して厳しい評価をせざるを得ないときもありましたが、仕事ぶりにも個人差は当然あるのであまり悩まずここまで来ました。

この人件費ファンドはひとつの要素ですが、他にも配属先(会社として力を入れている部署のほうが良い評価を得やすい)・上司(評価者)との相性などの内部要因、景気動向・災害発生などの外部要因など、自分自身ではコントロールできない要素で得られる報酬は左右されます。
今回はこれらの要素に加えて、会社が年収が比較的高い高年齢層の社員を減らして、若年層に人件費ファンドを再配分するという方針に舵を切った結果行われた施策であることを考えると、私が今後仕事を今まで同様に頑張ったとしても、今まで同様の評価(≒報酬)が得られなくなる可能性が高いと考えられます。

今まで自分の仕事にやりがいを持って邁進してこれたのは、仕事自体がやりがいのある仕事だったということももちろんありますが、頑張った結果きちんと評価され、その対価としての報酬が適性に得られていたからということに今更ながら気づきました。

このような状況から、今までどおり会社や仕事と向き合っていてよいのだろうか、という疑問がふつふつと湧いてきて、過度に会社に依存して生活をしている現状から脱却を図ることを模索することとしました。

-きっかけ

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